前編では、海外の悪徳オーナーがよく使う手口と、「通常損耗」「減価償却」という2つの重要な法律用語について解説しました。
まだ前編を読んでいない方は、先にそちらを読んでおくと今回の内容がより理解しやすくなります。
今回は、実際にボンド・デポジットを取り返すために「何を、どの順番でやればいいのか」という行動ステップを、より具体的に解説していきます。
- 交渉に必要なもの
- 入居時・退去時にしておくべきこと
- 交渉の進め方
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法律相談や法的助言を行うものではありません。個別の状況については、各国・州の公的機関や現地の弁護士にご確認ください。
すべての土台になるのは「証拠」
海外の紛争解決の仕組みは、基本的に書類ベースで進みます。つまり、どれだけ自分が正しいと思っていても、それを裏付ける証拠がなければ話になりません。
逆に言えば、証拠さえしっかり残しておけば、感情的な水掛け論に付き合う必要がなくなります。
ここでは、入居してから退去するまでのタイミングごとに、やっておくべきことを整理します。
入居時にやっておくべきこと
状態確認書(Condition Report)を必ず作成し、双方の署名付きで保管する
多くの地域では、入居時の状態確認書が存在しない場合、オーナーは退去時の損害を証明できないとされています。逆にいえば、この書類がないオーナーは、そもそも請求そのものが成立しにくい立場にあるということです。
不動産仲介会社を介して賃貸契約を交わす場合の多くは、エージェント側で作成の案内をしてくれます。
しかし、Facebook Marketplaceなどでやりとりするような個人間の契約では、Condition Reportがおろそかになることが多くあります。
入居時にオーナーから状態確認書の作成を提案されなかった場合は、こちらから作成をお願いしておくと、後々のトラブルを未然に防げます。
日付や位置情報が記録されるカメラアプリで撮影しておく
普通のカメラアプリではなく、撮影日時や位置情報が画面に自動で記録されるタイプのアプリを使うのがおすすめです。
こうしておくことで、後から「その写真、本当に入居時のものですか?」といった反論をされる余地がなくなります。
部屋全体は動画で、もともとある傷やシミなどの気になる部分は写真で接写しておくと安心です。キッチンのシンク下や、家具の裏側など、見落としがちな箇所も忘れずに記録しておきましょう。
退去時にやっておくべきこと
入居時と同じアングルで撮影する
荷物を運び出し、掃除を終えた状態で、入居時と同じ角度・同じ場所から動画と写真を撮っておきましょう。「何も変わっていない」ことを客観的に示せます。
可能であれば、退去当日ではなく余裕を持ったスケジュールで撮影し、見落としがないか一度見返してから鍵を返却するのが理想です。
立ち会い時の会話は記録しておく
現地の法律(会話の録音に関するルール)には注意しつつ、退去立ち会い時のやり取りは記録しておくと安心です。もしオーナーが「きれいですね、問題ないですよ」と発言していれば、それは後々かなり強い証拠になります。
逆に、立ち会いの場で何か指摘された場合も、その場でメモを取っておき、後日のメールで内容を確認しておくと安心です。
クラウドでのデータ管理
スマートフォンの紛失や故障に備えて、契約書・入居時の記録・やり取りの履歴・退去時の記録をクラウド上でフォルダ分けして保管しておくと、いざという時に慌てずに済みます。
特に、複数のシェアハウスを転々とする働き方をしている方は、物件ごとにフォルダを分けておくと、後から見返すときにも整理しやすくなります。
「電話」ではなく「文字」でやり取りする
絶対に「文字起こしされた記録」を残してください。
これは非常に重要なポイントです。悪質なオーナーほど、証拠が残らない電話や対面での会話を好みます。
逆にこちらは、できる限りメールやテキストメッセージでやり取りするようにしましょう。
こうすることで「言った」「言ってない」という不毛な争いを避けることができます。
もし電話や対面で何か重要な話をしてしまった場合は、そのあとすぐに「先ほどお話しした件について確認のためメールしております」といった内容のメールを送っておくと、会話の内容を書面として残すことができます。
この一手間があるかないかで、後々の問題解決のしやすさが大きく変わってきます。
交渉は「段階」で進める
ボンド・デポジットの返金交渉は、いきなり強い態度に出る必要はありません。
むしろ最初から攻撃的になってしまうと、相手も態度を硬化させてしまいます。
基本的には次のような段階を意識して進めるのがおすすめです。
Step 1 退去・新しい住所の通知
まずは退去したこと、そしてボンドの返金先の情報を丁寧に伝えるところから始めます。
多くの地域では、この通知をした時点から返金期限のカウントが始まるため、なるべく早く、かつ記録が残る形(メールなど)で行うことが重要です。
この最初の連絡を怠ってしまうと、期限のカウントが始まらず、後の交渉で不利になってしまうこともあるので注意しましょう。
Step 2 証拠の提示
もし不当な請求をされた場合は、撮影しておいた写真や動画を根拠として提示します。感情的にならず、「事実として、これだけの証拠がある」という形で淡々と伝えるのがポイントです。
相手の主張に対して一つひとつ丁寧に反証していく姿勢を見せることで、こちらが本気であることも伝わります。
Step 3 法律的な根拠の提示
前編で紹介した「通常損耗」や「減価償却」といった考え方を根拠に、請求そのものが法律的に成立しないことを伝えます。
ここで具体的な法律用語を使うことができると、相手は「この人は知識がある」と認識し、態度を軟化させる傾向があります。
Step 4 期限の明示
いつまでに返金してほしいのか、具体的な日付を伝えます。あいまいな表現ではなく、明確な期限を提示することで、相手にとっての先延ばしの余地をなくすことができます。
Step 5 最終通告、そして必要であれば法的機関への申立て
それでも解決しない場合は、最終的には各国・各州の紛争解決機関(オーストラリアのVCATやNCAT、カナダのRTB、ニュージーランドのTenancy Tribunalなど)への申立てを行う流れになります。
交渉に使えるフレーズ集
交渉に使えるフレーズの場面別テンプレートを載せたnote記事を公開しています。
こちらを参考にしてください。
法的機関への申立ては、実はそこまで怖くない
- オンラインで完結する手続き
「裁判」と聞くとハードルが高く感じるかもしれませんが、実際にはオンラインで書類を提出するだけのシンプルな手続きになっている地域がほとんどです。
弁護士を雇う必要もなく、多くの場合は無料、もしくは少額の手数料だけで申立てが可能です。
- オーナー側にとってもめんどくさい
こうした手続きに対応するのは時間もお金もかかる面倒な作業です。
テナント側が「法律を知っていて、きちんと手続きを進めてくる相手」だとわかった時点で、争うこと自体を諦めるオーナーも少なくありません。
- 申立ての準備をしていることを伝えただけでも効果あり
実際、現地の掲示板でも「申立ての準備をしていることを伝えただけで、急に態度が変わって全額返金された」という報告は数多く見られます。
【実体験】不当なクリーニング請求を退け、ボンドを全額取り返した話
① 退去前は契約どおりに清掃
退去前に、不動産会社から渡されたチェックリストに沿って自力で清掃を実施しました。
リストには「プロの清掃業者を推奨(Recommend / Consider hiring)」との記載はありましたが、必須とは書かれていませんでした。
② 「追加清掃が必要」と連絡
退去後、不動産会社から「全体的には綺麗だが、プロによる清掃が行われた形跡がない」、「窓・シャワーなどに汚れが残っている」との連絡があり、追加清掃または業者の手配を求められました。
③ 入居時の記録を根拠に反論
私は、入居時に撮影した写真から、指摘された箇所の多くが入居時から存在していた汚れであることを理由に反論しました。
また、コメント付きの入居時 Condition Report、清掃にかかる費用の見積書、前回のプロ清掃の領収書など、請求の根拠となる資料の提示を求めました。
④ 相手は返信せず、RTBAへ直接申請
その後、不動産会社から返信はなくなりました。
そこで連絡を待つのをやめ、オーストラリアのボンド管理機関「RTBA」へ直接ボンド返金を申請しました。
もし仮に不動産会社から異議がある場合はVCATの仲裁のもと、解決できるからです。
⑤ 結果:ボンドは全額返金
RTBAで定められた異議申立期間内に不動産会社から申立てはなく、ボンドは全額返金されました。
この経験から学んだこと
このケースは悪質な詐欺というより、「あわよくば清掃費を負担してもらおう」というグレーな対応だったと考えています。
しかし、入居時の記録を根拠に反論し、証拠の提示を求め、必要に応じて公的機関の制度を利用したことで、不当な請求を回避することができました。
帰国が近い場合はどうすればいい?
ワーキングホリデーや留学生にとって悩ましいのが、帰国のタイミングとボンド・デポジット返金交渉が重なってしまうケースです。
結論から言うと、多くの手続きはオンラインで完結するため、帰国後であっても交渉や申立てを続けることは十分に可能です。時間がないからといって諦める前に、まずは自分の状況を整理し、できるところまで進めておくことをおすすめします。
- 現地の携帯電話番号(銀行のログインなどに必要)
- 現地の銀行口座、またはwiseやrevolutなどの国際送金サービス口座(ボンドの受け取りに必要)
まとめ
ボンド・デポジットトラブルの解決に必要なのは、特別な法律知識でも、流暢な英語力でもありません。大切なのは、
- 証拠をきちんと残しておくこと
- やり取りは文字で残すこと
- 段階を踏んで、冷静に交渉を進めること
この3つを意識するだけで、状況はかなり変わってきます。
とはいえ、実際に英語でどんな文章を送ればいいのか、フェーズごとにどんな言い回しを使えばいいのか、というのは悩ましいところだと思います。そのあたりについては、実際にそのままコピペして使える英文テンプレートや、各国・州別の詳細なルール一覧、オーナーの態度を急変させる法的キーワード集などをまとめたnote記事も公開していますので、より具体的な行動に落とし込みたい方はあわせてチェックしてみてください。
※本記事は、公開されている各国・各州の法律情報や実際の紛争解決事例をもとに、筆者が独自に調査・要約したものであり、法律の専門家による助言ではありません。掲載内容はあくまで一般的な情報であり、その正確性・完全性・最新性を保証するものではなく、法律や制度は予告なく変更される可能性があります。また、個々の契約内容や状況によって適用されるルールは異なりますので、実際にトラブルが発生した場合は、必ず各国・州の公的な紛争解決機関、または現地の弁護士など専門家にご相談のうえ、ご自身の判断と責任で対応してください。本記事の内容を利用したことにより生じたいかなる結果についても、筆者は責任を負いかねます。



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